フラム号博物館 探検家、難民の父ナンセン  

場所: ノルウェー オスロ市郊外 オスロよりバス30分

ナンセン(1861−1930)はオスロで弁護士の子として生まれた。1882年にはグリーンランド水域への最初の航海を行ない、1888年から翌年にかけてグリーンランド氷原のスキーによる横断に成功した。1893年には北極点遠征を行った。流氷に密閉されて漂流しながら極点に達するという計画で、特別に設計されたフラム号に8年分の燃料と6年分の食糧を積み、12人の乗組員とともにを出港した。9月にフラム号は予定通り流氷群につかまり漂流を始めたが、ナンセンの考えたほど北極点に近づかなかった。1895年3月にナンセンは士官のハイアラム・ヨハンセンを伴い船を離れスキーで極点を目指したが難航し、残りの食糧が僅かとなり、極点到達を断念した。彼らは、セイウチやホッキョクグマの肉を食べながら1896年の夏までその場に滞在し、雪解けとともに南下を開始、運良くイギリスの探検隊に救助された。船は1週間遅れでノルウェーに戻ることができた。
 帰国後はクリスチャニア大学の動物学および海洋学の教授として科学調査や執筆活動を行った。ノルウェーがスウェーデンから独立を試みた1905年にノルウェー政府よりノルウェー代表に選ばれた。1906年から1908年まで駐英ノルウェー大使としてロンドンで暮らした。第一次世界大戦後は国際連盟の難民高等弁務官に就任し、45万人以上の捕虜の交換帰国プロジェクトを成功させ、戦争難民のために「ナンセン・パスポート」と後に呼ばれた証明書を発行した。1922年に戦争難民の帰国および飢餓難民救済活動の功績が認められ、ノーベル平和賞を受賞した。かれの業績は国連難民高等弁務官事務所に継承され、彼は難民の父と呼ばれている。国際連盟に強くかかわり、戦勝国以外の小国が国際連盟に入れたのは彼のおかげといわれている。極北フラム号北極漂流記の著書がある。

ナンセンのレリーフ フラム号の前のナンセン
氷に破壊されない卵型のフラム号 氷に閉じ込められたフラム号
2人で北極へ向う FRAMのマークのある食器

オスロ駅から ナンセン フラム号博物館への行き方

博物館入り口 市庁舎前からの船上の風景

ナンセン フラム号博物館 開館時間

1/1-4/30 5/1-6/15 6/16-8/31 9/1-9/30 10/1-12/31
11:00-15:45 9:00-17:45 10:00-18:45 10:00-16:45 10:00-15:45

オスロ駅からの費用(大人往復)

オスローフラム号博物館バス代 60 入場料 40 合計100NOK 2000

注意

事前に著書の極北フラム号北極漂流記を読んでおくと良い。日本語の解説書「FRAM」が売られているので読んでから、もう一度廻ってみると良い。

フラム号博物館の英文のホームページがあります。博物館の概要が掲載されています。

推薦 

ホーム 北欧旅案内 戻る サンタレタ協会